概要
球対称で静的な質量分布を持つ天体が外部に作る重力場は、よく知られているようにSchwarzschild解で表されます.では例えば地球のように,天体がゆっくりと自転している場合はどうでしょうか……?天体が自転する場合,その角運動量により作り出される重力場はSchwarzschild解からは少しズレているはずです.この状況で下でのアインシュタイン方程式の解は,1918年に Josef LenseとHans Thirringによって発見され,その功績を称えてレンス・ティリング解 (Lense-Thirring metric) と呼ばれています.ちなみに,自転速度が光速度に近い場合でも成り立つような一般的な解は,その難しさのためか,LenseとThirringの発見から約半世紀たって,ようやくRoy Kerrによって発見されています.
以下,天体の質量を \(M\),密度を \( \rho\),半径 \(R \)として,天体が \(z \) 軸周りに一定の角速度 \(\omega\) で回転しているものとして,実際にレンス・ティリング解 (以下の (17) 式) をステップバイステップで導いてみます.
レンス・ティリング解の導出
アインシュタイン方程式の弱場近似
天体が作る重力場 \(g_{\mu\nu}\) が非常に弱いものとして,平坦時空 \(\eta_{\mu\nu}\) からのずれを \(h_{\mu\nu}\) とします.そうすると、重力場 \(g_{\mu\nu}\) は
\begin{equation}
g_{\mu\nu} = \eta_{\mu\nu} + h_{\mu\nu} \hspace{2em} (\left| h_{\mu\nu} \right| \ll 1 )
\end{equation}
と表せます.摂動計量 \(h_{\mu\nu}\) の1次の範囲ではアインシュタイン方程式は,よく知られているように
\begin{align}
&\Box \overline{h}_{\mu\nu} = -2 \kappa T_{\mu\nu}, \tag{1} \\
&\overline{h}_{\mu\nu} \equiv h_{\mu\nu} – \dfrac{1}{2} \eta_{\mu\nu}h \tag{2}
\end{align}
と展開できます.ここで,\(\kappa = \frac{8\pi G}{c^4}\) です.重力場を生み出すエネルギー運動量テンソル \(T_{\mu\nu}\) が時間的に定常と仮定すると,つまり天体の自転速度が一定の場合には,\(\overline{h}_{\mu\nu}\) も時間的に定常になります.このとき,(1) 式は時間微分部分が0となるので,
\begin{align}
\nabla^2 \overline{h}_{\mu\nu} = -2 \kappa T_{\mu\nu} \tag{3}
\end{align}
です.(3) 式は,グリーン関数を用いて形式的に
\begin{align}
&\overline{h}_{\mu\nu}\left(\boldsymbol{r}\right) = 2 \kappa \int T_{\mu\nu} \left(\boldsymbol{x}\right) G \left( \boldsymbol{r} – \boldsymbol{x} \right) d^3 \boldsymbol{x}, \tag{4} \\
&\nabla^2 G \left( \boldsymbol{x} \right) = -\delta \left( \boldsymbol{x} \right) \tag{5}
\end{align}
と解くことができます.位置 \(\boldsymbol{r}\) は摂動計量を観測する地点に対応をしています.(5) 式のグリーン関数の解はよく知られていて、ここの (4) 式がそのまま使えます.したがって,(4) 式は\begin{equation}
\overline{h}_{\mu\nu} \left(\boldsymbol{r}\right)
= \dfrac{4G}{c^3} \int \dfrac{T_{\mu\nu} \left(\boldsymbol{x} \right)}{\left| \boldsymbol{r} – \boldsymbol{x} \right|} d^3 \boldsymbol{x} \tag{6}
\end{equation}
と表すことができます.ここで,無限遠方でミンコフスキー空間に漸近するとして,境界条件\(\displaystyle \lim_{r\to\infty} \overline{h}_{\mu\nu} = 0\) を課しています.
静止している天体のエネルギー運動量テンソル
まず,天体が静止している場合を考えて,その後で天体が自転している場合に拡張するステップを踏むことにします.天体内部が非相対論的物質からなると仮定すると, \(\rho c^2 \gg p \) が成り立つため,エネルギー運動量テンソルは
\begin{align}
T_{\mu\nu} = \left( \begin{array}{cccc} \rho c^2 & & & \\ & 0 & & \\ & & 0 & \\ & & & 0 \end{array} \right) \tag{7}
\end{align}
となります(成分を明示していない要素はすべて0です.以下も同様とします).天体から十分遠くでその重力場を観測するとすれば,\(\left| \boldsymbol{r} \right| \gg \left| \boldsymbol{x} \right|\) が成り立つので,
\begin{align}
\dfrac{1}{ \left| \boldsymbol{r} – \boldsymbol{x} \right|} = \dfrac{1}{r} + \dfrac{\boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{x}}{r^3} – \dfrac{1}{2} \dfrac{\boldsymbol{x}\cdot{\boldsymbol{x}}}{r^2} + \cdots
\cong \dfrac{1}{r} + \dfrac{\boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{x}}{r^3} \tag{8}
\end{align}
とテーラー展開できます.したがって,(4) 式は
\begin{align}
&\overline{h}_{\mu\nu} = \dfrac{4GM}{c^2r} \left( \begin{array}{cccc} 1 & & & \\ & 0 & & \\ & & 0 & \\ & & & 0 \end{array} \right), \tag{9} \\
& M \equiv \int d^3 x \ \rho \left( \boldsymbol{x} \right) \tag{10}
\end{align}
と変形できます.ここで,積分 \(\int d^3x \ (\boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{x} /r^3) \rho c^2 \)が奇関数のため0になることを使用しています.これをもとの座標系の \(h_{\mu\nu}\) についての式に書き直しましょう.(2)より \(h_{\mu\nu} = \overline{h}_{\mu\nu} – \frac{1}{2} \overline{h}\)が成立します.\( \overline{h}\) は \(\overline{h} = g^{\mu\nu} \overline{h}_{\mu\nu} \cong \eta^{\mu\nu} \overline{h}_{\mu\nu} = -4GM/c^2r \) です.なので,(10) は
\begin{align}
h_{\mu\nu} &= \dfrac{2GM}{c^2r}\left( \begin{array}{cccc} 1 & & & \\ & 1 & & \\ & & 1 & \\ & & & 1 \end{array} \right) \tag{11}
\end{align}
と書き直すことができました.
自転する天体のエネルギー運動量テンソル \(T_{\mu\nu}\)
次に,天体が \( z \) 軸の周りで一定の角速度 \(\omega \) で回転する影響を重力場に取り込んでみます.天体内部では,エネルギー運動量テンソル \(T_{\mu\nu}\) は,天体が静止しているときと比べてわずかに変化しています.速度 \(\left( v_x, v_y , v_z \right) \)の1次項まで考えると,
\begin{align}
T_{\mu\nu}
&\cong \left( \begin{array}{cccc} \rho c^2 & \rho c v_x &\rho c v_y &\rho c v_z \\ \rho c v_x & 0 & & \\ \rho c v_y & & 0 & \\ \rho c v_z & & & 0 \end{array} \right) \tag{12}
\end{align}
\(z\) 軸周りに軸対称をもっているとして,位置 \(\boldsymbol{x}\) での,天体内部の速度は \( \boldsymbol{v} = \boldsymbol{w} \times \boldsymbol{x} \) より,
\begin{align}
\boldsymbol{v} = \left( \omega y , -\omega x , 0 \right) \tag{13}
\end{align}
とかけます.よって,\(h_{\mu\nu}\) は静止時に比べて,
\begin{align}
&\overline{h}_{\mu\nu}= \dfrac{2GJ}{c^3} \left( \begin{array}{cccc} 0 & \dfrac{y}{r^3} & – \dfrac{x}{r^3} & 0 \\ \dfrac{y}{r^3} & 0 & & \\ -\dfrac{x}{r^3} & & 0 & \\ 0 & & & 0 \end{array} \right), \tag{14} \\
&J \equiv \omega \int d^3x \ \rho\left(\boldsymbol{x}\right) \left(x^2 +y^2\right) \tag{15}
\end{align}
だけ変化します.ここで,(14) 式を導く際は,以下のような式変形を使用しています:
\begin{align}
\overline{h}_{12} &= \dfrac{4G}{c^4} \int d^3 x \ \rho c v_x \left(\dfrac{1}{r}+ \dfrac{\boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{x}}{r^3} \right) \\
&= \dfrac{4G\omega}{c^3} \left[ \dfrac{1}{r} \int d^3x’ \ y’ + \dfrac{1}{r^3} \int d^3 x’ \left( xx’ + yy’^2 + zz’ \right) \right] \\\
&= \dfrac{4G\omega y}{c^3r^3} \int d^3x’ \ y’^2 \hspace{6em}(\text{∵奇関数の積分}=0) \\
&= \dfrac{4G\omega y}{c^3r^3} \dfrac{1}{2} \int d^3x’ \left( x’^2 + y’^2 \right) \\
&= \dfrac{2GJ}{c^3} \dfrac{y}{r^3}
\end{align}
他の成分もほぼ同様です.\(J\) は天体の自転が持つ角運動量を表しています.\(\overline{h} = g^{\mu\nu}\overline{h}_{\mu\nu} = 0\) より\(\overline{h}_{\mu\nu} = h_{\mu\nu}\) が成り立つため,ここでは \( \overline{h}_{\mu\nu} \) と \( h_{\mu\nu} \) との違いを意識する必要なないです.
以上より,(11) 式と (14) 式を合わせることで,自転する天体によって生じる摂動計量 \(h_{\mu\nu}\) が
\begin{align}
h_{\mu\nu}= \dfrac{2G}{c^2 r} \left( \begin{array}{cccc}
M & \dfrac{Jy}{cr^2} & – \dfrac{Jx}{cr^2} & 0 \\
\dfrac{Jy}{cr^2} & M & 0 & 0 \\
-\dfrac{Jx}{cr^2} & 0 & M & 0 \\
0 & 0 & 0 & M \end{array} \right) \tag{16}
\end{align}
と導かれました.
レンス・ティリング解 (\(z\) 軸周りの自転)
したがって,最終的に計量 \( g_{\mu\nu}\) は
\begin{align}
ds^2 &= -\left(1-\dfrac{2GM}{c^2r} \right) c^2 dt^2 + \left( 1 + \dfrac{2GM}{c^2r} \right) \left( dx^2 + dy^2 + dz^2\right) \\
& \hspace{18em} – \dfrac{4GJ}{c^3r^3} \left( -y cdt dx + xcdtdy \right) \tag{17}
\end{align}
と表せます.極座標系では \(-ydx + xdy = r^2\sin ^2\theta d\phi\) なので,
\begin{align}
ds^2 &= -\left(1-\dfrac{2GM}{c^2r} \right) c^2 dt^2 + \left( 1 + \dfrac{2GM}{c^2r} \right) dr^2 \\
& \hspace{10em} + r^2\left(d\theta^2 + \sin^2\theta d\phi^2\right) – \dfrac{4GJ}{c^3r}\sin^2\theta cdt d\phi \tag{18}
\end{align}
となります.こうして 天体が \(z\) 軸周りでゆっくり自転する場合の重力場を表すレンス・ティリング解が導けました.よく見るとSchwartzschild計量で,\(\phi \rightarrow \phi – (2GM/c^3r^3)t\)と変換したときと一致していることからも直感的に理解できる式になっています.
レンス・ティリング解 (一般軸周りの自転)
以上の議論では天体が \(z\) 軸周りに自転する場合を考えていました.さらにここでは一般軸周りの回転を考えてみましょう.そのため (17) 式を以下のように書き直してみます:
\begin{align}
ds^2 &= -\left(1-\dfrac{2GM}{c^2r} \right) c^2 dt^2 + \left( 1 + \dfrac{2GM}{c^2r} \right)\delta_{ij}dx^idx^j – \dfrac{4GJ_z}{c^3r^2} \left[ \boldsymbol{x} \times d\boldsymbol{x} \right]z dt \tag{19}
\end{align}
これより,一般軸周りの回転のレンス・ティリング解は,
\begin{align}
ds^2 = -\left(1 + \dfrac{2\phi}{c^2} \right) c^2 dt^2 + \left( 1 -\dfrac{2\phi}{c^2} \right)\delta_{ij}dx^idx^j – \dfrac{4}{c} A_i dx^i dt \tag{20}
\end{align}
と類推することができます(厳密に導きたい場合は座標変換で導けます).ここで,
\begin{align}
&\phi \equiv -\dfrac{GM}{r} \tag{21} \\
&A_j \equiv \dfrac{G}{c} \dfrac{J^k x^\ell}{r^3} \varepsilon_{jk\ell} \tag{22} \\
&J^j \equiv \int d^3x \ \rho\left( \boldsymbol{x} \right)\varepsilon^{j}_{\ k\ell} v^k x^\ell \tag{23}
\end{align}
を定義しました.余談ですが,\(h_{\mu\nu}\) と \(\overline{h}_{\mu\nu}\) は (20)より,
\begin{align}
h_{\mu\nu} &=-\dfrac{2\phi}{c^2} \left( \begin{array}{cccc} 1 & & & \\ & 1 & & \\ & & 1 & \\ & & & 1 \end{array} \right)
-\dfrac{2\phi}{c^2} \left( \begin{array}{cccc} 0 & A_1 & A_2 & A_3 \\ A_1 & 0 & & \\ A_2 & & 0 & \\ A_3 & & & 0 \end{array} \right) \\
&= -\dfrac{2}{c^2} \left( \begin{array}{cccc} \phi & A_1 & A_2 & A_3 \\ A_1 & \phi & & \\ A_2 & & \phi & \\ A_3 & & & \phi \end{array} \right) \tag{24}
\end{align}
\begin{align}
\overline{h}_{\mu\nu}
&=-\dfrac{4\phi}{c^2} \left( \begin{array}{cccc} 1 & & & \\ & 1 & & \\ & & 1 & \\ & & & 1 \end{array} \right)
-\dfrac{2\phi}{c^2} \left( \begin{array}{cccc} 0 & A_1 & A_2 & A_3 \\ A_1 & 0 & & \\ A_2 & & 0 & \\ A_3 & & & 0 \end{array} \right) \\
&= -\dfrac{4}{c^2} \left( \begin{array}{cccc} \phi & \frac{1}{2}A_1 & \frac{1}{2}A_2 & \frac{1}{2}A_3 \\ \frac{1}{2}A_1 & \phi & & \\ \frac{1}{2}A_2 & & \phi & \\ \frac{1}{2}A_3 & & & \phi \end{array} \right) \tag{25}
\end{align}
と計算できます.
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